「龍と犬猿の虎(前半)」
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパスの宮本です。
たびたびこんにちは。
前回は「戦国最弱」とも「不死鳥」とも呼ばれた小田氏治の話でしたね。
今回は、強弱ではその対極に当たる覇者・武田信玄のお話です。
そうです、山梨県が生んだ偉人、あの甲斐の虎とも言われたお方ですね。
この武田信玄、生涯70戦ほどの戦に明け暮れていますが、
負けたのはたったの二回だけという凄腕です。
さらに感嘆すべきは、自分の領地である甲斐国内を、
侵略されたことも一度も負けたことがないということです。
さて、今回お話したいのは、まさにその二戦です。
信玄は20歳で父・信虎を駿河(今の静岡県)に追放したあと、
信濃(今の長野県)攻略に取り掛かります。
南半分を手に入れた信玄の前に立ちはだかったのは、東信濃の猛将・村上義清でした。
戦上手なうえにアンパンマンに負けないくらいの勇気の持ち主であった義清との激突は、
避けては通れぬ道でした。
それまで負け知らずだった暴れん坊信玄が27歳の時、両者初めて対決します。
上田原の戦いです。
急峻な岩山の上に城を築き、地の利を得、
無理な戦いをしない義清に業を煮やした信玄は攻撃を仕掛けました。
武田軍は緒戦に勝利しますが、それに安堵した隙を村上軍に突かれて総崩れとなり、
父の代からの老将・板垣信方と甘利虎泰を失います。
武田軍にとっても村上軍にとっても、
それは若き当主信玄を失う以上の効果(損害)があったと言われています。
(つづく)
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパス 宮本