「常在戦場(後)」
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパスの宮本です。
また、同時に藩・藩内の商人や領民、江戸近在等の長岡出身者を訪ねてお金を集め、
当時日本に3台しかなかったガトリングガン(バルカン砲の一種)を購入します。
最新最強の武器を越後の小藩が持つことで、
新政府軍が「小藩ごときに多くの時間と損害を費やせぬ」と判断し、
長岡藩との戦闘を回避しれくれることを願ってのことでした。
しかし、「新」がつく新政府軍にすら継之助の説を理解できる者はなく、長岡戦争は勃発。
最終的には人海戦術で力押しした新政府軍の勝利に終わり、
彼はほどなく銃創がもとで亡くなります。
結果から見れば、彼は失敗したのです。
しかし、藩訓を地で行くような生き方、
戦後日本の方向性まで示唆するような先進性あふれる先見の明の持ち主に、
私は感動と尊敬の念を抱かずにはいられません。
辞世の句「八十里 腰抜け武士の 越す峠」 河合継之助(磐越国境にて)
さあ、センター入試もあと半年余り、就活解禁もと3ヶ月と少しに迫りつつあります。
万全の態勢で人生を切り拓いていきましょう!
通信制 一ツ葉高校 千葉キャンパス 宮本