【通信制 一ツ葉高校 立川キャンパス】日本史の授業で取り上げる「瀬戸内海はなぜ重要なのか?」
こんにちは。
通信制 一ツ葉高校 立川キャンパスです。
いよいよ受験シーズン突入ですね。
立川キャンパスの生徒たちも、いつも以上に集中した表情で勉強に取り組んでいます。
日本史を担当している私も、受験に向けて一緒に気持ちを引き締めながら授業を進めています。
今日は、日本史の授業でもよく扱うテーマ、
「瀬戸内海が歴史においてなぜ重要なのか?」
について、ブログでも紹介します。
■ 日本史ではよく登場する「瀬戸内海」…でも私は実物を見たことがありません
授業の中で、特に近代以前の内容になると、私は何度も「瀬戸内海の重要性」について触れます。
しかし実は、私は瀬戸内海を見たことがありません。
私は新潟県出身。
普段見慣れていたのは雄大な日本海で、晴れた日には佐渡島が見えることもありますが、基本的には広い水平線が続く海です。
そんな私からすると、
「海にたくさんの島がある」という景色は、想像しにくい世界。
逆に、瀬戸内海が“当たり前の風景”という先生もいて、地域の違いを感じます。
だからこそ、瀬戸内海を一度はこの目で見てみたい。
歴史の重要性を語るうえでも、実際に体感してみたい場所です。
■ そもそも瀬戸内海はなぜ日本史で重要なのか?
瀬戸内海といえば…
-
海上交通の要所
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漁業の豊かな地域
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観光地として人気
この3つを思い浮かべる人が多いと思います。
しかし歴史的に重要なのは圧倒的に①海上交通の要所であった点です。
なぜか?
それを理解するには、まず「昔の交通事情」を知る必要があります。
高校FAQ:よくあるご質問 | 通信制高校・通信高校の一ツ葉高等学校
■ 昔の交通手段は“ほぼ船”。だから瀬戸内海が鍵だった
当時はもちろん、車も鉄道もありません。
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道は舗装されていない
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山が多く、平野は少ない
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多くの荷物や人を陸路で運ぶのは困難
こうした条件を考えると、
**主な交通手段は海上交通(船)**になります。
その中でも瀬戸内海は特に重要で、理由は次の2つです。
中等部FAQ:よくあるご質問 | 通信制 一ツ葉高等学校 中等部
① 外国との玄関口・博多から京都へ向かう最短ルートだった
中国・朝鮮半島からの窓口である博多(太宰府)と、
政治の中心・京都を結ぶルートとして、瀬戸内海は欠かせませんでした。
瀬戸内海を通れば、安全に、しかも効率よく都へ向かえる。
**国の中枢をつなぐ“海の高速道路”**だったわけです。
② 内湾で波が穏やか。安全な航路だった
海上交通にとって最大の敵は「波」。
瀬戸内海は島々が多く、外洋のように大きな波が立ちにくい特徴があります。
これこそが、瀬戸内海が歴史上重宝された最大の理由でした。
■ 日本史の中での具体例
● 平氏が台頭した理由の一つも“瀬戸内海”
鳥羽上皇は、平忠盛(平清盛の父)が瀬戸内海の海賊を討伐したことを大いに喜びました。
瀬戸内海の治安維持は、それほど重要だったということです。
その功績が、後の平氏の繁栄につながる大きなきっかけとなりました。
● 薩摩藩の参勤交代も瀬戸内海をフル活用
江戸時代、薩摩藩は江戸へ向かう際、
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鹿児島 →(船)→ 大阪
-
大阪 →(陸路)→ 江戸(東京)
というルートでした。
大阪から江戸まで船を使わなかったのは、外洋で波が高く危険だったため。
つまり、瀬戸内海までは船が安全に使える区間だったということです。
■ 瀬戸内海は「日本史を理解するためのキーワード」
瀬戸内海は単なる観光地ではなく、
日本の政治・経済・文化を支えた重要な海域です。
歴史を学ぶうえで避けて通れない場所であり、
私自身もぜひ一度、自分の目でその景色を確かめたいと感じています。
■ 一ツ葉高校 立川キャンパスでは“歴史の見方”まで学べます
通信制 一ツ葉高校では、
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大学進学をめざす生徒
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不登校からの再スタートを切る生徒
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自分のペースで学びたい生徒
それぞれが安心して学べる環境を整えています。
日本史の授業でも、
「なぜそうなったのか?」
という根本から理解することを大切にし、
単なる暗記ではない“本質的な学び”を提供しています。
瀬戸内海の話もその一つ。
歴史の裏にある理由を知ると、より深く学べます。
■ まとめ:瀬戸内海は歴史を動かした“海の道”
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航路として安全
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外国との玄関口
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都へつながる重要ルート
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多くの歴史的事件の舞台
学べば学ぶほど、瀬戸内海の価値が見えてきます。
私自身も、歴史の授業で語っているこの海を、
いつか実際に見に行きたいと思っています。

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